1-8 その名はジャック・ヒューマン

2020年01月08日

登場とともに歓声が沸いた。暗闇の中でライトアップされたそのシルエットだけが浮かびだす。彼の名はジャック・ヒューマン。のちに人類から崇拝されることとなる者の始まりの物語である。

ライブ会場に集まった観客は約100名。小規模とはいえ誰も喋る者はいない。あるのは静寂。誰もがただ静かに産声を待っている。

どこからともなく聞こえる静かな旋律。シルエットがギターを構える。そしてゆっくりと目覚めるように音が産声を上げた。ジャック・ヒューマンの誕生の瞬間である。

流れるようなそのメロディーは次々に人を魅了していく。大人も子供も関係ない。男も女も今は関係ない。呼吸のような静けさで、その場にいるものすべてを引き込んでいく。


曲調が変わった。激しくも優しくかつ鮮やかである。人々の顔に生気が宿り、会場が熱気で満たされていくのが分かる。それほどまでに心が躍るのだ。今すぐ飛び出してしまいたい。何をするわけでもないけど、もうじっとしていられないのだ。

「ハイッ!ハイッ!ハイッ!ハイッ!」

一人がリズムに乗って叫ぶのにつられ、その歓声は波紋の様に広がっていく。会場を埋め尽くしてしまうのは一瞬だった。シルエットと音と歓声と地響き、それらは一つとなっていく。約100名による合奏は天国のような心地よさ。


きっかけは1分38秒経過したときだった。美しい旋律の中に不協和音が混ざりだした。最初は気のせいだと思った。続けて流れてくる旋律はどう聞いても美しいのだから。よどみが全くない。

しかしやはり2分50秒で先ほどと似た違和感を感じた。何かおかしい…。

でもそれは確信に変わった。3分50秒に来て完全な不協和音演奏。会場に静けさが訪れる。さっきまでの爆音が嘘のように。しかし不思議なことに不協和音に嫌悪感を感じない。心地いいのだ。なぜかはわからない。せかされるようで、圧迫されるような、または何かに誘われるような感覚。それは嵐の前の静けさを予感させる。

元の旋律に戻った。しかしもう先ほどと同じではない。先ほどの不協和音を経て進化したのだ。終わりへと続く最後の形態へと。終わりはいつも突然ではかない。最後の輝きともいえるメロディーを聴きながら思う。どんな素晴らしいものにも終わりが来る。

会場は音が眠っていくのをじっと見守り続けた。

ジャック・ヒューマン。またの名をカノン。人類を乗っ取る者。のちに世界の人類すべてを魅了することとなる。

© 2019.12.19 -人生はMMORPG- Twitter@OurAporo
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